夏芙蓉

紀州の海と山と崖に囲まれた町に
強烈な甘い匂いを放つ
「夏芙蓉」の白い花が 咲いている・・・。


中上健次の小説の舞台は
いつもそんなイメージの中にあるからだろうか
僕はこの季節 必ずと言っていいほど
中上の小説を手に取っている
 


あまりにも好き過ぎて 昨年訪れた
中上の故郷 和歌山県の新宮
中上自身が「路地」と呼んだ その小さな町の一角は
僕が幼いころ 親戚たちと走り回った町にそっくりだった
そう 日本中にある「路地」とは
日本の近代史の中において 特別な意味を持つ場所


中上の小説に 自分の中の何かが
強烈に反応してしまう理由が
その時少し分かった気がした


その町のどこにも「夏芙蓉」は咲いていなかったが
それは 「夏芙蓉」という名の花は
中上が作り上げた架空の花だという事を
後になって知った


戦後生まれとしては初めて 芥川賞を受賞し
1992年に46歳という若さで亡くなった中上健次
今生きていたなら この混沌とした時代の中で
どんな小説を 書いたんだろうね